2011年5月20日金曜日

柱上のヨーガ、驚異のマラカンブ


 エドワードの案内でやって来たヴィルプーラムは、外国人が訪れるような事はまずありえない、どこと言って特徴もない普通の地方都市だった。だが翌日の早朝、町の中心に位置する公園を訪ねた私は、ありえない光景に言葉を失う事となる。

 この道場のマスターはウラガ・ドゥライ師。もう60を越える年配だが、若い頃は選手として活躍し、地元のヴィルプーラムに落ち着いてからは仕事のかたわらボランティアでマラカンブを教え続けてきたと言う。早速見せてもらったその実技は、想像を超えた異次元ワールドだった。


 公園の広場に一本の木の柱が立っている。それはぐらつかない様に数十センチの深さに埋められ、高さは2m560cmはあるだろう。太さは根元で20㎝弱。上に向かって軽くテーパーがかかって、最上部はバットの握りの様にくびれがついている。一見、クシュティで使うムクダルを長大にして握りを上に立てた様な姿だった。

 その柱に向かって、トランクスだけをつけた裸の少年が、助走をつけてスライディング・キックの様に跳びかかった!少年は空中で身体をひねり、背中を上にして柱に対してカニバサミ状態で取り付いた。重力で大きく下に振れる上体を背筋でエビ反り、上体が地面につかないように支えながら、次の瞬間には身体をひねって手で上の柱をつかみ、蛇のように身をくねらせて登っていく。続けて体操の跳馬の開脚した振り子のような動きを垂直の柱上で行い、様々なテクニックを織り交ぜて目まぐるしく身体を動かしながら、少しずつ上へ登っていく。


 天辺にたどり着いた少年は、そこで片足を頭の後ろに回し、両手だけで身体を支え、反対の足を水平に伸ばしてポーズを決めた。そして驚くべき事に、その反対の足さえ頭の後ろに回し、再び両手だけで身体を浮かせた!これはヨーガの中でも最も難しい技のひとつで、平らな床の上でさえ実現するのは難しい。それをこの少年は、わずか直径10センチにも満たない柱の天辺で行っているのだ。しかも、ポーズからポーズへの移行も、全て垂直の柱の上や横で行い、一度も地面に下りることがない。


 足を解いて体勢を立て直した少年は、さらに奇想天外な動きにでた。柱の天辺を持って右手で支えながら、右足の甲をくびれにかけ、左足の裏で柱をつっぱってテンションをかけ、すっと手を離して、柱に対して足だけで横に立ったのだ。それは落ち着いて理屈で考えれば理解できるが、実際に目の前で見ると、日常的にはあり得ない光景だった。

 そして、あり得ない光景はさらに続いた。片手で天辺のくびれをつかみ片手で柱を押して、いま足でやった事を今度は手でやる形で、柱に対して垂直に、地面に対しては水平に逆立ちをしていく。

 もはや言葉もなく見つめる私の前で、少年はクルクルとその姿勢を変えて行き、最後に柱の天辺に立ち、バク宙で地面に降り立った。フィニッシュだ。少し照れながら右手を上げてポーズをとる表情が幼い。まだ十代の始めではないだろうか。そのあどけなさと技の凄さとのギャップに、私はあっけに取られて見つめるしか能がなかった。
 
 マラカンブが最初に歴史に現われるのは1135年に記された古文書で、そこではマナソラスの名前で武術の基礎エクササイズとして紹介されている。その後1800年代の半ばに、有名なクシュティ・レスラーのバランバッタダダ・デオダールによって装いを新たに紹介され、それが近代マラカンブの夜明けとなった。

初期にはレスリングの基礎トレーニングとして普及したが、やがてその素晴らしさが認められて純粋にいちスポーツ競技として確立。1958年にはデリーで開かれた全インド体操競技会にエントリーするなど躍進し、現在ではマハラシュトラ州を中心にインド全土で普及が進んでいるという。

私が見聞した範囲で解説すると、マラカンブ(通称マルカム)は大きく以下の4つに分けることができる。

1.地面に敷いたマットの上で、前回り、後ろ回りなど基本的な運動から始め、段階的に開脚やブリッジ、さらには両足首を頭の後ろに回した状態で両手を使って前転後転するなど、難易度の高い技へと進んでいく。その様子は、ヨーガ・アサナと床運動を足した様な印象を受けるが、これは男女共にマラカンブの基礎的な身体作り、準備運動として行われる。

 
 2.独特な形をしたマラカンブ柱を地面に立て、その上で様々なヨーガのポーズを中心にしたアクロバティックな体操を行う。前述の少年が演じたもので、単にマラカンブと言った場合はこれを指すが、他と区別するためにポール・マラカンブとも呼ばれる。これはトランクス一丁の裸でやる事から、男の子がその主役だ。

3.マラカンブよりやや短い柱を木の枝などからロープでぶら下げて、その揺れる柱の上で、ポール・マラカンブと同じエクササイズを行う。一般にはハンギング・マラカンブと呼ばれ、難易度は極めて高い。

4.地上10mほどの高さから太さ3cmほどの綿のロープをつるし、そのロープを手と足指の股で登るところから始まり、やがてはロープ上で様々な難しいポーズをとる段階までステップアップしていく。そのテクニックの多くはポールと重なるが、ロープさばきの巧みさを必要とするため、独自のテクニックも多い。これはロープ・マラカンブと呼ばれるが、本来はクシュティのトレーニングの一つであるラッサから進化したものだと私は考えている。一般に女の子が主役だ。


翌日のイベントでは、ロープ・マラカンブやハンギング・マラカンブも見る事ができたのだが、その妙技には舌を巻かざるを得なかった。固く安定した柱の上でさえ難しい技なのに、どちらも上からぶら下がった不安定な状態で常に揺れ動く中で、極めて高度なヨーガのポーズを連続的に作っていく。しかもそのスピードが半端ではない。

私も少しだけやらせてもらったのだが、ポールの場合は柱にセミのようにしがみつくだけで、何一つ出来なかった。ロープの場合も、柔らかいロープをまっすぐに登る事さえ容易ではなかった。

マラカンブは、本来戦士の身体作りのエクササイズとして発展した。それは、マラカンブという名前が、戦士(マラ)の柱(カンブ)を意味する事からも明らかだろう。いにしえの戦士達はこう考えていたという。

もし3m近い、大地に根を張った巨人を相手に互角に組み合い自由に身体を操れるなら、せいぜい2m以下の人間相手など造作もないだろうと。それは、揺ら揺らくねくねととらえ所のない巨人が相手の場合も同じだった。

彼らは、日本ならそれだけでびっくり人間ショーに出られるような高度なヨーガのポーズを、基礎的な準備運動として行う。そして安定した地面の上でその技が完璧に出来るようになると、それを、極めて不安定な柱やロープの上で、連続した素早い流れの中で行っていく。しかも柱やロープは地面に対して水平に置かれたものではなく、垂直に立っているのだ。その困難さは、想像を絶していると言っていいだろう。

その人間離れした動きはサルや蛇など野生動物の動きを彷彿とさせ、と同時にそれらを遥かに凌駕する技巧を見せていた。垂直に置かれたロープやポールに取り付くという性質により、全ての運動において自分自身の体重がウェートとして作用する点も見逃せない。そこにある思想は、体の柔軟性を前提に、どのような体勢でも自分の意図する通りに身体を操作し、イレギュラーな中でいかに自在に身体を動かすか、という事に尽きるだろう。

この点に、やはりアメリカ的なトレーニング・システムとの根本的な違いがある。彼らの思想はいわゆるユニバーサル・マシンに象徴されているが、それは人間の身体を機械とみなし、本来器械がやるべきような単純かつ機械的な運動を、器械に代わって人間がそれを行うというものだった。

確かにそれは、特定の筋肉群を太くするためには卓効を示した。だから、世界中にユニバーサル・マシンは普及していった。だが人間がある複雑な運動を行う時に、問題になるのは筋肉の太さだけだろうか? もうひとつ、最も重要な、運動センスというものが、忘れられてはいないだろうか。

そう、人間が運動するためには、運動センスと直結した『賢い』筋肉が必要なのだ。あらゆるイレギュラーを排除し、単純な機械でさえ簡単に出来るような上下動を人間が行う。そんなウエイト・トレーニングをいくらしても、賢い筋肉が身につくはずはない。

クシュティのラッサやムクダル、カラリのメイパヤット、棒術の回転技、そしてマラカンブ。そこに共通するのは、決して器械では代替出来ない高度に人間的な動きが、イレギュラーな状況の中、常に臨機応変に即応する形で行われる、という事だろう。

インドの身体文化といえば誰もがまず思い浮かべるヨーガ。元々ヨーガのポーズは、いにしえの聖仙(リシ)達が動物達の超人的な身体能力を身につけるべく、その動きを模倣して開発したという。その思想はカラリパヤットやマラカンブとも共通する。


北インドのクシュティ道場がヴャヤム・シャラーと呼ばれる事は前に書いた。『ヴャヤム』はあらゆる方向に曲げ伸ばす運動を、『シャラー』は館を意味する。わかりやすく言えばそれは『ストレッチの館』なのだ。そして、このストレッチという概念は、全てのインド身体文化、特に身体作りのエクササイズの中に、通奏低音として潜在している。

それが最も端的に表れているのが、マラカンブであり、メイパヤットであると言える。カラリの10年選手やマラカンブの達人を見ても、その体つきは一般人とほとんど変わらない。彼らはどんなに高度で高負荷な運動をこなしても、決してゴリ・マッチョにはならない。

そこで必要とされるのは野生動物のようにしなやかで柔軟な、臨機応変で汎応力の高い身体なのだ。その様な身体は、決して、ユニバーサル・マシンによって獲得する事は出来ない。そこでは逆に、センスのない愚鈍な筋肉が大量生産されるだけだろう。

私は、マラカンブと出会う事によって、ますますインド武術の素晴らしさ、その身体思想の深さを知った。それはアメリカ的なスポーツ科学では解決できない様々な問題や要求を満たすために、重要なオルタナティヴとなるに違いなかった。

現在インドのマラカンブ協会では、マラカンブがオリンピックの正式種目として認定されるべく、様々な努力を重ねていると言う。古代オリンピックの起源が戦士たちの平和的な技比べに発する事を考えれば、マラカンブほどオリンピックに相応しい競技はないだろう。そのユニークさといい完成度の高さといい、世界中の才能ある若者が挑戦する価値が、十二分にあると自信を持って言える。私は彼らの活動を前面的に支援する事を心に決めながら、ヴィルプーラムを後にしたのだった。

この時すでに、私はインド武術全体を日本や世界に紹介する仕事をライフワークにしたいと漠然と考え始めていた。最初はウェブ・サイトを中心に情報を提供し、いずれは自分でも教える様な形で。だがその為には絶対に欠かせないものがあった。今回は小型のデジカメしか持ってきておらず、何度悔しい思いをしたかわからない。マラカンブを筆頭にしたインド武術の驚くべき妙技、それは実際にその動きを見て初めて、その素晴らしさを実感する事ができる。静止した写真だけではそれが十分に伝わらないのだ。ウェブ・サイトを作るならば、その動きを、動きのままに記録し発信できるビデオはマスト・アイテムだった。

そして一方、私自身が何かひとつ、インド武術のエキスパートになって自らそれを演じ、日本で教える事を考えた時、それは棒術の回転技以外にあり得なかった。クシュティは西洋レスリングとほとんどかぶり、そのエクササイズ以外、日本に今さら移入する価値はなかった。カラリパヤットはケララの文化風土の中で、ひとつの完成されたシステム全体として実践されてこそ意味がある。それを丸ごと日本に輸入しても意味はないだろう。第一すべてを習得するのに10年かかるとあっては、私の年齢を考えるといささか無理がある。シランバムは、合気道や日本の棒術の伝統を知っている身としては、回転技以外優位性をあまり見出せなかった。そしてマラカンブに至っては、その難易度に始めから習得自体をあきらめざるを得なかった。

あの日、テレビで回転技を初めて見た時の直感に導かれたかの様に、私がその『ひとつ』として棒術の回転技を選ぶ事は、いわば必然だったのだ。


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