2011年7月2日土曜日

軍神インドラとラタ戦車


リグ・ヴェーダに収められた1028の賛歌の内、インドラに捧げられたものは実にその4分の1を占めている。彼は馬に牽かれたラタ戦車を駆り、先住民の肌の黒いダーサ(ダスユ)を征服し、その富をアーリア人に分け与える軍神として、また、ヴァジュラ(金剛杵)によって蛇の悪魔を殺し、閉じ込められた川の水を開放する雷神として讃えられている。

『ダーサ(黒色)の原住民を屈服せしめ、消滅せしめたる彼、勝ち誇る賭博者のごとく、勝利を博して、賭物たる部外者の豊かな財産を収得したる彼、彼は、人々よ、インドラなり。』(辻直四郎訳)

 リグ・ヴェーダが成立したBC1500年前後、それはちょうどアーリア人がインダス川の流域に侵入した時期と重なっている。軍神としてのインドラは、侵略するアーリア人の自己賞賛を投影したものと言えるだろう。また、蛇殺しと閉ざされた水の開放は、大規模な農耕を知らなかった遊牧民のアーリア人が、灌漑農業を行うドラヴィダ先住民の町を破壊し、水源である豊かな森を切り開いて定住していったプロセスとの関連が考えられる。

 このアーリア人の侵略の原動力になったのが、高性能のラタ戦車だったのだ。実はインダス文明の末裔であり、農耕民であるドラヴィダ先住民は、ある意味、遊牧のアーリア人より遥かに高い文化レベルを誇っていた。けれどこと武力においては彼我の関係が逆転する。アーリア人は戦争の達人だったのだ。高い機動力を持つラタ戦車とそこから速射される弓矢、という見たこともない斬新な戦術に、ドラヴィダ先住民はほとんど抵抗のすべもなくアーリア人に征服されてしまう。やがて彼らは、被支配者としてヴァルナのシステムの最底辺に、隷属階級シュードラとして位置づけられていった。

 このプロセスは、近世以降の西欧人による世界征服のプロセスと重ね合わせると理解しやすいだろう。1492年、コロンブスの新大陸『発見』によって象徴的に切り開かれた大航海時代。その後南米を侵略したスペイン人は、わずかな人数でインカ帝国を滅ぼして、その莫大な財宝を略奪する。馬を見た事がなかったインカの人々は、騎乗した肌の白いスペイン人を神だと思い込み、なすすべもなく降伏したのだという。

 そして北米においては、ピルグリム・ファーザー達が圧倒的な武力の優位を背に先住民『インディアン』を討伐し、その土地を奪い、南へ西へとその領土を拡大していった。彼ら白人は、自分達以外の先住民、あるいは『発見された人々』を『カラード』と言って蔑み、アフリカの黒人達は最も色が黒い最下等の者として奴隷化され、アメリカ大陸に売られていった。

 それらの侵略と破壊と略奪が、キリスト教の神の名において行われた、という事実も忘れてはならないだろう。それはインド亜大陸を侵略したアーリア人が、インドラの名においてその殺戮と破壊と略奪を賞賛した姿と、恐ろしいほどに似通っていると言える。

 中南米諸国では、現在でも先住民系の多くが貧困と差別に苦しんでいる。また北米における黒人を差別した公民権法や南アフリカのアパルトヘイト、オーストラリアの白豪主義など、物質文明と武力において優れた白人が、劣った有色人種を侵略によって蹂躙支配し差別的な社会システムを作ってきた。つまり、アーリア人によるヴァルナに基づいた先住民支配システムとは、いわば近代に先駆けて3000年前に確立した『アパルトヘイト』なのだ。

 西欧人の圧倒的な優位は大砲や銃に代表される火器だったが、アーリア人の場合はラタ戦車であった。リグ・ヴェーダの神々の多くが、天翔けるラタ戦車に乗った姿で描かれている。彼らにとってはこのラタ戦車こそが、先住民を征服し、富を奪い、自分達を豊かにする原動力であり、神的な威力の象徴だったのだ。

それは高性能のスポーク式車輪を備えた、当時としては最先端の機動戦車だったという。この戦車を駆って、アーリア人は東へ東へと進軍して来たのだった。戦車だけではなく、移動運搬用の荷車にもこの高性能の車輪は使われ、その東征を支えたに違いない。彼らは一体どこから来たのか。このアーリア人とスポーク式車輪の起源を求めて、私はさらに時の流れを遡っていった。


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