2011年8月24日水曜日

シヴァ・ナタラージャの秘密


 タミルナードゥ州の東海岸、チェンナイとマドゥライのちょうど中間に位置するチダムバラムは、ナタラージャ寺院の周囲に発達した典型的な門前町だった。別名コスミック・ダンサーとも呼ばれる本尊のナタラージャ神像は、瞑想的な舞踏の極みに大宇宙のリズムと一体化するシヴァ神の姿を表すという。

踊るシヴァ神は全インドに普遍的に見られるのだが、タミルで創造された炎のリングに囲まれて踊るナタラージャ神の造形は、ヒンドゥの思想を高度に体現する完成されたバランスと美しさを持ったブロンズ彫刻の傑作として、インド美術の画期となった。

ナタラージャ神は4本の腕を持ち、右上の手に持つ鼓は宇宙の創造を、左上の手のひらに乗る炎は世界の破壊を、体の右側でムドラをつくる左右の手は秩序の維持を、右足によって踏まれた小人は無知からの解放を、そしてその全てを取り囲む炎の円環は、創造と維持と破壊のサイクルが永遠に輪廻し続ける、大宇宙のダルマを表しているという。

コスミック・ダンサー、ナタラージャ

実はここにも、私は10年前に一度訪れている。その美しい神像には大いに魅了され、再会に向けた期待も大きかったのだが、今回訪れたのにはもうひとつ別の理由があった。私は、その円環のデザインがチャクラを表しているのではないかと考えていたのだ。

ヴィシュヌと並ぶ二大神格のひとつとして全インドで信仰されるシヴァ神。けれどそれまでの私の知識では、シヴァ神はチャクラのイデアとはほとんど関係がないように見えた。その中で唯一このナタラージャの造形だけが、その円環のデザインによってチャクラを連想させるものだったのだ。

私が今まで理解したところによれば、神聖チャクラはインドにおける絶対的な神威の象徴だった。ブッダもヴィシュヌも、影の最高神デヴィ・シャクティも、それぞれが神聖チャクラのイデアとデザインをしっかりと担っていた。シヴァが最高神のひとりとして崇められるのなら、同じようにチャクラの神威を背負っているはずだ。それが私の仮説だったのだ。

ナタラージャ寺院を訪ねた私は、偶然バラモン司祭のセンティル氏と知り合い、彼の案内でその内陣の奥深くまで入り込んでいった。そして、前回はまったく気付く事もなかった様々な事実を突きつけられることになった。

ティライ・スターラと呼ばれる本殿、ナタラージャ神が祀られる神室のチット・サバーのすぐ横に、なんとヴィシュヌ神が祀られた神室があったのだ。そしてそこには、ヴェンカテシュワラ寺院と同じように、スダルシャン・チャクラが大きく掲げられていた。

シヴァの牙城であるはずのこの寺の核心部分に、ヴィシュヌ神が並祀されていた!

それは私にとって大きな驚きだった。

センティル氏によると、この様にシヴァとヴィシュヌが同格の主神として隣り合わせで合祀されている寺院は、インドでもまれだと言う。ナタラージャ・シヴァとヴィシュヌの神室を分けるホールの壁には、シャンカラ・ナラヤナと呼ばれる半身ヴィシュヌ、半身シヴァの融合神像まで飾られていた。そして、同じ壁にはシヴァと伴侶のパールヴァティが半身ずつ融合したアルダナリシュワラという神像も飾られている。

シャンカラ・ナラヤナ

アルダナリシュワラ

このナタラージャ寺院は、ブラフマーとヴィシュヌとシヴァのトリムルティが神姫のデヴィ・シャクティと結合した、宇宙の至高神を祀る寺院だったのだ。センティル氏によれば、ナタラージャの右上の手に持たれた鼓はブラフマンの創造を、左上の手に持たれた炎はシヴァの破壊を、そして左右の手によって表されるムドラはヴィシュヌの維持を、それぞれ表し、統合された三神の働きが女神のシャクティによって展開する至高神を、踊るシヴァの姿として表していると言う。

ナタラージャ寺院は10世紀から12世紀にかけての後期チョーラ朝の時代に完成されている。そして、このチョーラの諸王はヴェンカテシュワラ神の熱烈な信奉者としても知られていた。ナタラージャ神は、同じ至高神をヴィシュヌとして祀るヴェンカテシュワラ寺院の、タミル世界におけるシヴァ派のカウンター・パートだったに違いない。

ならば、女神と男神の結合を象徴するモチーフもどこかにあるのではないか。そう考えた私の前に、センティル氏は一枚の写真を見せてくれた。それが、チャクラ・タルワールと呼ばれるヴィシュヌの神像だった。その姿は、ヴェンカテシュワラ寺院で見たような、神格化されたチャクラだった。巨大なスダルシャン・チャクラに内在する形で描かれたヴィシュヌ神は多くの腕を持ち、その背後には、男性神と女性神の結合を意味する六芒星がくっきりと刻まれていた。

チャクラ・タルワール

チャクラの中で六芒星を背負ったヴィシュヌ。この瞬間、私の脳裏で踊るナタラージャ神像とチャクラ・タルワールがシンクロして重なりあった!

手足を展開して踊るナタラージャの頭と両手両足、さらに左横に流れる帯の先端を結ぶと、そこには見事に六芒星が姿を現すのだ。それは同時に、インダスのチャクラ・ヴィジョンの内在でもあった。

六芒星を内在させたナタラージャ

内在するチャクラ・ヴィジョン

さらに、左右の手で表された世界の維持を象徴するムドラがある。掌を見せながら指先を上に向けている右手は男性原理を、甲を見せながら下を指し示している左手は女性原理を、それぞれ象徴しつつ一体化してムドラを形作っている。そして、その右方にはクンダリーニを象徴するコブラが、まるでムドラから飛び出るような形で描かれているではないか。それは、世界の維持がその運動が、女性原理と男性原理という陰陽の交わりの中で初めて可能になる事を、鮮やかに暗示していた。

大宇宙のリズミカルな運動を象徴するナタラージャの舞踏。それはブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの男性三神を包含していただけでなく、その背後に不可欠の女性神、デヴィ・シャクティを暗号のように隠し持っていたのだ。デヴィ・シャクティと結合した時初めて、シヴァはコスミック・ダンサーとして踊りだし、大宇宙は回り始める。このような造形とその思想は、インダスの昔から連綿と女性神の信仰を継承してきたタミル人によって初めて可能となった、ドラヴィダ思想の真髄とも言えるだろう。

踊るシヴァ神ナタラージャは、輻輳するチャクラのイデアを、しっかりと担っていた。それは様々なイデアを一身に体現しつつ回転する、コスミック・チャクラだったのだ。

車輪や華輪、ヤントラや吉祥文様のモチーフは、宗教的なイデアを象徴すると同時に、瞑想オブジェクトあるいは観想の対象としても重要な役割を担ってきた。世俗的日常に拡散する人間の心が、神という中心に向かって、放射するデザインを逆にたどって収束し、集中していく。魂がその中心とひとつになった時、日常を超えた『何か』が成就されるのだ。

敬虔な信仰者がナタラージャ神殿の奥深くに参拝しコスミック・チャクラを一心に凝視する時、それは同時に深い瞑想ともなり、その魂を宇宙の根源へと導いたのだろう。


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