2011年9月26日月曜日

蓮華の中心にあって、それを展開せしめる花托



本章でも至る所で、車輪と同一視された蓮の華輪の重要性について見てきた。そして改めてこの華輪のデザインを見ると、その中心に車軸と同じような核芯が存在することに気づくのだ。これは何だろうか?調べてみるとそれは花托と呼ばれる雌しべの集合体である事が分かった。そして花托の周りにある装飾の様なフリンジが雄しべだった。

花托は受粉して時がたてば沢山の種を孕む。その種が顕現したものが蓮華に他ならない。つまり蓮の華輪の中心にある花托は、同時に蓮華を世界に展開させる『根本原質』でもあると言えるだろう。


蓮の華輪の中心には花托がある

ここで重要なのは、華輪の中心にあるのが花托という雌しべの集合体、つまり女性原理であるという事だった。車輪との比較で言えば、構図的にはオス型の車軸の位置に花托はありながら、それは女性原理へと逆転している。

この華輪のデザインは、モンスーン世界に生きる先住民の世界観を象徴し、南インドのドラヴィダ世界では、ラクシュミ女神や母によって描かれるランゴーリ、シャクティやバクティなど女性原理と密接に関わりながら、現代に至る吉祥華輪の万華鏡世界を展開してきた。

その中心に女性原理の花托があるという事は極めて重要だった。それは太古より地母神を信仰してきたドラヴィダ人が、文字通り女性原理の中心性を表さんとして生み出したデザインだったに違いない。そこには、オス型である車軸を中心に据えたラタ戦車の車輪が侵略者アーリア・ヴェーダの男性原理を象徴し、メス型である花托を中心に据えたモンスーン蓮華文化の華輪が先住民の女性原理を象徴するという、対置の構図があったと私は見る。

そう思ってサンチーで花開いた華輪のストゥーパに立ち返ってみよう。中心にあるストゥーパは男性であるブッダの遺骨を納め、その突起した形状からも男性原理を表している。そして第2ストゥーパの周囲をめぐる欄楯には、印象的に華輪デザインが施され、第一ストゥーパの欄楯の入り口であるトラナには、地母神を表すヤクシやラクシュミ女神、結界としての華輪があしらわれていた。つまり中心にある男性原理のストゥーパを取り囲んで、女性原理である欄楯とトラナがそれを守っているという構図になる。そしてそれは、男根であるリンガとそれを取り囲む女陰であるヨーニというシヴァ・リンガムの構図と、全く同じである事に思い至るのだ。

トラナに刻まれたヤクシ女神

この点に関しては別の仮説も成り立つ。このお椀型のストゥーパが母の乳房や臨月の母胎を象徴し、欄楯やトラナと合わせてそのすべてが女性原理を表し、唯一男性原理であるブッダの遺骨を守る(孕む)という可能性だ。

原始仏教の時代、出家する僧侶のほとんどがバラモンなど社会的地位の高い男性だった。ブッダ自身は最後の最後まで尼僧の出家に対しては反対していたともいう。つまり原始仏教とは男性原理が圧倒的優位な世界だったのだ。だがブッダの死後時が経ち、やがて在家信者を主体とした大乗化の大きなうねりが到来する。それは同時に、女性原理の逆襲をも意味していた。

シッダールタがセクシーな美女の誘惑をマーラ(魔)と呼び完全にそれを退けて覚りを得たとしても、彼自身が女の胎から生まれたという事実は絶対に否定できない。女性原理の存在なくしては、いかなブッダと言えども覚りはおろかこの世に誕生する事すら出来ないのだ。そう思ってサンチーのトラナに刻まれた地母神ヤクシの造形を見ると、それはシッダールタの実母であるマヤ夫人が、サーラ樹に寄りかかって彼を産み落としたという絵柄と酷似している事に気づくだろう。雌しべである花托を車軸の替りに中心に据えた華輪のデザインは、そのような女性原理の復権を見事に象徴していたとは言えないだろうか。


樹に寄りかかってシッダールタを産むマヤ夫人

この様な女性性の思想は現代ヒンドゥ教の女神像の中にもはっきりと表れている。それが一際目立つのが蓮華と最も深い関わりがあるラクシュミ女神だ。一般に美しい蓮華座に坐っている姿で描かれる事が多い彼女が、蓮の華輪に立っている構図も存在する。それを見ると、彼女は華輪の中心、つまり花托の上にあたかもその化身であるかのように立っている事が分かる。

一粒の種の中には、蓮という実存の全てが凝縮され内包されている。逆に言えば種は蓮のすべてに浸透している展開因だった。その種を孕んだ花托は、花びらが散り雄しべが落ちても、最後まで茎と一体化した柱として水面上に立ち続ける。花托の上に直立するラクシュミの姿は、世界の柱として屹立し世界の全てに浸透するヴィシュヌ神の、女神版だったと言えるだろう。


花托の上に立つラクシュミ女神

実はインドでは、世界を車輪の転回と見立てる世界観と並んで、世界を蓮華の展開と見る世界観も存在した。それが、大乗仏教を通じて日本にも伝わっている蓮華蔵世界観だ。蓮華蔵世界、それは華厳経や梵網(ぼんもう)経の中心テーマとなる思想で、前に紹介した須弥山世界の発展版とも言えるものだ(年代的には俱舎論よりも華厳経の方が古いが、思想的な時系列では逆だと見る)。

金輪の上に広がる大海に巨大な蓮の華が咲き、さらにその上はまた海となってそこからも無数の蓮の華が咲いている。それぞれの蓮華の上に須弥山を中心とした世界が成り立ち、これを小蓮華と呼ぶ。ひとつの小蓮華には一人の仏がいて教えを説き、その小蓮華が千集まって小千世界を造り、それが千集まって中千世界を造り、さらにこれが千集まって大千世界を形作る。千を三回かけたことからこれを三千大千世界と称している。そしてこの途方もなく巨大な三千大千世界の上空中心に、そのすべてを統括する法身の仏が大光明を放って鎮座している。これを毘盧遮那如来と言い、その頭からは、三千大千世界すべての仏が、絶えずポコポコと生み出されているという。


蓮華蔵世界

この壮大な蓮華蔵世界観は、本国インドでは仏教の滅亡とともに失われてしまったのだが、遠く極東の日本にまで流れ着き、奈良東大寺の大仏(毘廬舎那如来)となって現代に伝わっている。華厳経が成立したのは西暦三世紀頃と言われ、それはちょうどサンチー、バルフート、アマラヴァティからナガルジュナ・コンダへと続く華輪の文化が成熟した時期と重なっていた。そして東大寺の大仏をはじめとした仏像たちが蓮華座に乗る造形は、実際には『花托』を台座としており、そのままラクシュミ女神が蓮華座に坐し、あるいはその中心の花托に立つ姿と重なり合う。つまりこの大乗的な蓮華蔵世界観は、ヤクシやラクシュミといった女性原理の復興という時代背景の中で、その影響下で生まれたものと推定できるのだ。

そう思って見ると、法身の仏のイメージは父の厳しさよりもむしろ母の慈愛を強調していないだろうか。そしてあたかも花托から無数の種が飛び出す様に、毘盧遮那如来の頭からは無数の仏たちが生まれて来るのだ。

この毘盧遮那如来、サンスクリット語ではヴァイローチャナ、つまり遍照と言い、実は密教の大日如来の祖形とされている。以前私は、「大日如来は遍照の太陽神格であり、同じ太陽神であるヴィシュヌ神の仏教におけるカウンター・パートだったのではないか」と書いた。この遍照とヴィシュヌとの相関を裏付けるように、ヴィシュヌ派の神話の中に蓮華蔵世界との明らかな類似を見る事ができる。バガヴァタ・プラーナによれば、世界の創造はヴァイクンタの海に横たわるヴィシュヌの臍から芽生えたローカ・パドマ(世界蓮)と、そこから生まれたブラフマーに帰着するというのだ。

ヴィシュヌ神の臍から生えるローカ・パドマ

蓮華の化身ラクシュミ女神がヴィシュヌ神の神姫である事を考えると、蓮華蔵世界の主『毘盧遮那如来』とは、ヒンドゥ教におけるヴィシュヌとラクシュミの属性を併せ持ち、男女という性差を統合し超越した仏教版の最高神であったと考えられる。毘盧遮那如来の頭から無数に生まれて来るのは世界の教師である仏だったが、ラクシュミ女神の場合は、その手に持つ壺から世俗の富を象徴する金貨が無限に溢れ出している。この辺りに、同じ最高神でも仏教とヒンドゥ教が持つ価値観の違いが如実に表れていると言えるだろう。

当時のインド人が、なぜ蓮華の中に女性性を見出し、その蓮華と車輪を重ね合わせて華輪デザインや蓮華蔵世界観を生み出したのか。その根源的な疑問に対する解答らしきものを発見したので、ここに紹介したい。

これは後日談になってしまうのだが、最後の旅を終えてこの原稿の仕上げにかかっていた時、私は上野の不忍池に蓮の花の現物を見に行ってきた。それは偶然食べたコンビニ弁当にレンコンが入っていたのがきっかけだった。薄く輪切りにされた丸いレンコンの形が、そのまんまスポーク式車輪そのものの形である事に気づいたのだ。一瞬笑い話と流してしまいそうになって、私はハタと立ち止った。これまでの経験上、形の連想は古代インド人の得意とする所ではないか。これは蓮華が実際に池に生えているところも見る必要がある。私はそう考えた。

輪郭と内部の穴の配置が車輪を思わせる

実は、古代インドではこんなにも蓮華が重要な意味を持っていたのに、現代インドでは水蓮はどこにでもあるが、蓮の花を見る事はほとんどできない。それはおそらく文明の進展と共にやってきた乾燥化が大きな理由だろう。比較的湿潤なモンスーン・アジアに近い気候を保つベンガルやオリッサ地方を除いて、現在のインド亜大陸では蓮の存在感は極めて希薄だった。

これまでインド全土をくまなく旅してきた私も、考えてみれば蓮華が実際に池で咲いている姿を見たことはなかった。もちろん今までに蓮の花そのものを見た事はある。だが蓮という植物の全体的なイメージは漠然としていた。そこで百聞は一見にしかずと、ごく軽い気持ちで不忍の蓮池を訪ねたのだった。だがいざ本物の蓮を目の当たりにした時、私はあまりにあっけない謎解きに、またしても呆然と立ち尽くす事になった。

ハスという植物は、水底の地中に埋まる根と、葉柄という茎によって立ち上がる葉っぱと、花柄という茎によって立ち上がる花という三つ部分で成り立っている。根の部分にはレンコンが育ち、そこから伸びる一本の葉柄に一枚の葉が、一本の花柄に一輪の花が開く形になる。

最初に驚いたのが、真っ直ぐにすっと直立する茎だった。それは長さ12メートルほどもあり、長さと言い太さと言い、そのまんま折り取って手にすれば棒術に使えそうなくらい、ダンダそのものだったからだ(ただし、表面には細かいとげがたくさん生えており、握ったら痛いだろう)。


その先にひとつ咲く花の輪郭は、実は車輪とはあまり似ていない。だが葉っぱについては、中心から放射状に展開する葉脈と丸い輪郭を持ち、一見して車輪のデザインそのものの形をしている事が分かった。茎と合わせれば、それは正に車軸と車輪の写しと言ってもいい。車輪と重なるのは、レンコンの輪切り面だけではなかったのだ。

そして、葉っぱがまだ水中から伸びたばかりの若芽を発見した時、私は思わずわが目を疑って間の抜けた笑い声を上げてしまった。まだ展開する前の若葉の姿が、閉じたヨーニ、つまり女性の外性器そのものの形をしていたからだ。

車輪を思わせる蓮の葉


展開する前の若葉

私はこの三つの呆れるほど単純な事実に、戸惑いを隠せなかった。おそらく古代インドの人々は、蓮葉とレンコンをそのデザインの類似性から車輪と重ね合わせ、美しい花とその中心に種を宿す花托、さらに開く前の若葉の形からそこに女性性の表れを見出した。そして、全体としての蓮という植物を、車輪の『神性(スピリット)』が女性性を担って顕現した表れと見たのだ。そう考えれば、夫であるヴィシュヌが車輪を掲げ、妻であるラクシュミが蓮華に囲まれている事も容易にうなずける。

閉じたヨーニとしての若葉が、展開すると車輪の形になるという事実は、シャクティ思想においてヨーニが車輪に例えられた事実とも符合する。また性典カーマ・スートラでは、性的に最上級の女性を『蓮女』と称賛し、女性のオーガズムが高まるプロセスを『ひとたび愛の車輪が回転し始めたら~』とも表現している。


さらにこの仮説の決定的な証拠とも言える地母神像が、実際に存在するのだ。それは華輪の顔を持った女性が、大きく開いた足の中心にヨーニをむき出しにするという造形で、驚くほどストレートに女性性と蓮華との重なりを強調していた。

ヨーニを露わにする豊穣の地母神。
大きく欠損しているが、顔は華輪でできている。

だがそれは、あまりにも単純な発想に過ぎた。それはここにこうやって書くことにためらいを感じるほどに単純だった。こんなにも素朴な連想から、あんなにも複雑深遠な思想が生まれたのだろうか。私は古代インド思想が持つこのあまりにも大きなギャップに、眩暈に似た当惑を禁じ得なかった。

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