2011年10月17日月曜日

バーラティア棒術、ダルマ・チャクラ・ドライブ


インド武術において特徴的な棒術の回転技。これまでの取材で、それはインド全土に普及する事が分かっている。マニプル、オリッサ、西ベンガル、ビハール、ウッタル・プラデシュ、マディア・プラデシュ、パンジャブ、ラジャスタン、グジャラート、マハラシュトラ、アンドラ・プラデシュ、ケララ、タミルナードゥの各州では、私自身実際にこの目でその存在を確認している。

マハラシュトラ州のユッドゥ・カラ

特にドラヴィダ文化の優勢な南インドにおいて、その存在感が際立っていたが、上記以外の州でも多くの場合「昔はよくやっていた」という証言が得られており、棒術の回転技はインドの隠れ国民的エクササイズ・パフォーマンスといっても過言ではないだろう。

ただ、それがチャクラ思想と結びついているというはっきりとした証言は、残念ながら現在まで得られていない。私が自分の考えを話すと軽い驚きと共に「なるほど、もっともだ」という反応が返ってくるのだが、彼ら自身の伝承としては残っていないのだ。彼らにとってこの回転技は、あまりにも日常に溶け込んだ当たり前の生活文化であり過ぎて、その意味や起源など遥かな昔に忘却の彼方に霞んでしまったと言うのが実情のようだった。

それは棒術だけではなく、実はチャクラ意識に関しても当てはまる。インド人のほとんどが、チャクラ・デザインを日常ごく当たり前の風景として何の自覚も持たずに我が物としている。それが日輪に由来する事も、ラタ戦車の車輪に由来する事も、蓮の華輪に由来する事も、その中心にある車軸や花托が神や仏を表していたであろう事も、それらが潜在しつつ全てのチャクラ・デザインとその思想を生み出している事も、一般にはほとんど認識されていない。

日本人にとっての箸や畳のように、彼らにとってチャクラとは空気のようにあって当たり前のものであり、それについて今さら考える事さえないのだ。ましてやそれを象徴するに過ぎない回転技については言うまでもないだろう。それがインド全土で普遍的に行われているという事実さえ、多くのインド人は気付いていない。

ただ、プーリーではジャガンナート寺院の例祭ラタ・ヤットラのパレードで、バナーティのデモンストレーションが行われている。それがラタの車輪やクリシュナのスダルシャン・チャクラを象徴してきたのは明らかだろう。

タミルではリングを使った炎の回転技がチャクラ・チュトゥルーと呼ばれ、棒術と共に祭やイベントの定番となっている。実はこのリングの中心には一本の棒がハンドルとして据えられていて、リングを回す時も、実際には棒と同じテクニックで回している事が分かる。最初は単純な一本の棒から、やがてよりリアルにチャクラを体現するリングが生まれたと考えるのが自然だ。回転する炎のリングはナタラージャ神像のモチーフそのものであり、デザインとの類似性から、それはヤントラや吉祥文様ランゴーリ(コーラム)と関連するのも間違いない。

六芒星のチャクラ・チュトゥルー

この吉祥文様の分布は、ケララのワディ・ヴィーシャルなど回転技が発達している南インドの各州と重なり合い、回転技は災いを遠ざけ福をもたらし神を招来する、躍動する三次元の吉祥文様として祭などで行われてきた。チャクラをベースにした吉祥文様が、宗教宗派を超えたインドのナショナル・デザインである事はすでに指摘した通りだ。

20ルピー紙幣に描かれたコナーラクの車輪と吉祥文様

一方、パンジャブ州でシーク教徒によって伝承されているガトカという伝統武術では、マラーティという棒術の回転技と共に、チャッカル(車輪)という名でロープ製リングの回転技が普及しており、それがスダルシャン・チャクラを表している、という証言を得ている。残念なことに、リングだけで棒術の回転技に関しては証言が得られていないが、これもタミルの場合と全く同じで、棒術の発展形と考えるのが妥当だろう。

ガトカの回転技、チャッカル

東インドでは、回転技はドゥルガー女神の祭と非常に関わりが深いという。彼女によって体現されるシュリ・チャクラを回転技が象徴している可能性も否定できない。また、一般的に描かれるドゥルガーはヴィシュヌと同じようにスダルシャン・チャクラを持つことが多いため、それを象徴している可能性もある。

この回転技の起源について、私はこれまでの取材の過程を通じて常に考え続けて来た。アーリア人に由来するチャクラ意識を象徴するならば、それは当然アーリア人に由来すると言うのが私の仮説だった。そこに最近、新たな発見があった。

私自身もインド武術を紹介しているユーチューブという動画サイトがあり、そこでは世界中の伝統武術がアップされているのだが、そこでイランとグルジア、そしてハンガリーの伝統武術、さらにロシアの特殊部隊で採用されている格闘術の起源であるコサック人の伝統武術の中に、インド棒術の回転技に酷似したテクニックの一端が存在していたのだ。さらに彼らの刀法もまた、カラリの刀法と瓜二つだった。

コサック文化とグルジアやハンガリーの文化、そしてイラン文化と、遥か遠く離れたケララの文化において、なぜ刀の操法と棒術の回転技が共有されているのか。共通項は『アーリア人』以外私には考えられない。回転技はスポーク式車輪を創造したアーリア人の『チャクラ意識』を源として生まれたと考えるのがやはり妥当だろう。

それが彼らの東征によってインドへともたらされ、インドラの時代からブッダの時代を経てヴィシュヌ・クリシュナ、シヴァ・シャクティのヒンドゥ思想に至るまで、一貫してチャクラの神威を表わし続けた。それが一番自然で蓋然性の高いシナリオだと私は思う。

4000年以上に渡ってチャクラの民であり続けたインドの人々。神聖チャクラ帝国と言ってもいいほどにチャクラを愛し続け、奉じ続けたインドだからこそ発展し継承され続けたのが、棒術の回転技だったのだ。

だがこの回転技、実はインド全土で共通する名前がない。各州が各地方語で主に棒の回転を意味する名前で呼んでいる上、それが国民的エクササイズであるという認識すら、彼らの中には存在しないのだ。

そこで私は、『神聖チャクラ帝国』の国技としての回転技に、その由来に相応しい新しい名前をつけたいと思う。

その名は英語で『バーラティア・スティック・アート(Bharatia Stick Art)』という。

日本では略して『バーラティア』と呼ぶ事にしよう。

あまり知られていない事だが、わが国の名称が自称であるニッポンと外国人によって名付けられた他称であるジャパンの二つあるように、インドにも公式に二つの国名が存在する。

ひとつが外国人によって呼ばれた英語のインディア(インド)であり、もうひとつがインド人自身による命名で、国民的叙事詩マハバーラタに由来する『バーラト』という名前だ。

バーラタ族の大戦争においてアーリア人のアルジュナと先住民のクリシュナが協力してアダルマに立ち向う姿は、アーリア人とドラヴィダ人が融合しつつダルマの国インドを作り上げていった歴史を見事に象徴している。このエピソードを精神的文化的なアイデンティティとして、インドの人々は誇りを持って自らの国をバーラトと呼んでいるのだ。

『バーラティア』は、このバーラトに「その土地、地域の」を表す「イア」を組み合わせた私の造語だ。数千年に及ぶインド・チャクラ思想の歴史を、その伴走者として常に目撃し、体現し続けたエクササイズに捧げるものとして、これほど相応しい名前はないと、私は思う。

そしてサブ・タイトルは『ダルマ・チャクラ・ドライブ』と名づけた。

これは文字通り、インド共和国の象徴である法輪の転回を意味する。それは同時に、クリシュナによって、ブッダによって、アショカ王によって、ガンディ翁によって、アンベードカル師によって、長いインドの歴史を通じて一貫して転回(ドライブ)され続けた、決して止まる事のないダルマ(真理、正義)の運動を象徴している。

インドの言葉では『ダルマ』は様々な意味を担ってきた。『世界を支え、保つもの』という原義から派生して、それは神の摂理であり、世界の法であり、人の世の正義であり、人としてこの世界のために為すべき本務(義務)を意味する言葉となった。それら全てを包含する『ダルマ』が衰退した時、世界の秩序は乱れ、人々の心は計り知れない苦悩に落ちるという。

そして考えてみれば、私達が生きるこの現代ほど、『ダルマ』が危機に瀕した時代はないかも知れない。

神話によれば、ダルマが衰退し悪がはびこる時、ヴィシュヌ神がアヴァターラの姿をとって光臨し、スダルシャン・チャクラをもって悪を滅ぼし、ダルマを再興するという。だがダルマとは、果たして神から棚ボタ式に与えられるものだろうか。それは自らの努力と精進によって回復され、維持されるものではないだろうか。

それこそが、圧倒的なアダルマであるイギリスの植民地支配に対して、ダルマに徹した抵抗運動によって独立を獲得したインドが、その新たな門出に自らの象徴としてダルマ・チャクラを掲げた、真意ではなかっただろうか。

ダルマ・チャクラ・ドライブ。それは優れた武術的エクササイズだ。だが同時にそれは、単なるエクササイズの範疇を遥かに超えた思想的運動として、無限の価値と可能性を秘めている。

人が一本のダンダを握って、回転するダルマ・チャクラを空中に描き出す時、彼は数千年にわたるインド思想の深みを体現する。

それは神の偉大な力であり、天照らすスリヤであり、ブッダの覚りであり、菩薩の慈愛であり、ヴィシュヌ・クリシュナの破邪であり、アショカの回心であり、女神のシャクティであり、ナタラージャの舞踏であり、神を招来する吉祥文様であり、プルシャから展開するプラクリティであり、ガンディ翁の魂であり、ストゥーパであり、メール山であり、その全てなのだ。

バーラティア・エクササイズ

私はこのダルマ・チャクラ・ドライブを、インド共和国のナショナル・エクササイズとしてオフィシャルに再評価してもらいたいと、強く願う。

本家本元でこの棒術を継承してきた彼らの想像も及ばないスケールで、この棒術はインドの魂そのものを象徴している。それは、ここまで読んでいただいた読者の皆さんには説明の必要もないほどに明らかだろう。

そしてそれはインドにとどまらない。広く世界中の人々、なかんずく仏教徒に向けて、ブッダの法輪を象徴するエクササイズとして、私はこの棒術を推奨したい。かつてそれは転法輪の技としてインド全土に普及していたと私は信じている。しかし現在、その由来を踏まえて自覚的に棒を回している仏教徒は、まったく存在しないと言ってもいい。私には、それが残念に思えてならないのだ。

スリランカ、ビルマ、タイ、カンボジアなど東南アジアのテーラワーダ仏教国では、ブッダの法輪は国民統合の求心的シンボルになっている。私はこれらの国々に、是非ダルマ・チャクラ・ドライブを普及したいと考えている。かつてブッダの法輪を象徴していた回転技。それを是非、ブッダの時代の仏教に最も近いと言われるテーラワーダの仏教徒達によって、再興して欲しいと強く願うのだ。

特に、タイの場合は二重の意味でダルマ・チャクラと縁が深い。ひとつは勿論ブッダの法輪として。もうひとつはヴィシュヌ神のスダルシャン・チャクラとして。

カンボジアやインドネシアなどにも見られる事だが、タイではヒンドゥ教の神々も広く信仰されている。そして実は、伝統的にタイの国王はラーマ(ヴィシュヌ)の化身(もしくは子孫)でありその現世的な現れ、と考えられて来た。代々の国王の名前からして、そのものずばりラーマを名乗っている。王室御座船のへさきにヴィシュヌの乗り物ガルーダがあしらわれそれが国章ともなっているのは、その様な歴史の現われなのだ。

タイの国際空港に見られるヴィシュヌ神像

王室御座船のガルーダ。肌の黒いヴィシュヌ神は、
スダルシャン・チャクラとダンダを持つ

敬虔な仏教徒であると同時に篤く国王を敬愛してやまないタイの人々にとって、ブッダの法輪を象徴しヴィシュヌのスダルシャン・チャクラを象徴する回転技は、国民的エクササイズとして最も相応しいと言えるだろう。

もちろん、日本を含めた東アジアの大乗仏教徒にも、大いに期待している。大乗化した仏教においてブッダの法輪の存在感は相対的に低下してはいるが、それが仏法を象徴する普遍的なシンボルである事に変わりはない。むしろ彼らにとっては、ブッダの転法輪に立ち還ることによって、仏教の原点に思いを馳せる、いいきっかけにもなるだろう。


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